長崎県諫早市の土地家屋調査士・行政書士の尾上健太です。
今回は遺言書を作成したものの、遺言者の中度~高度認知能力低下を疑われ、遺言の無効等確認訴訟を提起されたが、遺言能力を認められた事例を4例ピックアップして、そこから分かることを書いていきたいと思います。
事例①
【前提知識】
公正証書遺言で作成
公正証書遺言作成の2ヶ月前の長谷川式認知症スケール(以下HDS-R)は30点満点中8点、ミニメンタルステート検査(以下MMSE)は30点満点中11点と高度認知症疑い
公正証書遺言作成2年後、アルツハイマー型認知症の診断
成年後見制度は利用していない
【背景と結論】
公正証書遺言作成の2ヶ月前の認知症診断テストの結果が悪かったため、遺言者の一人が遺言能力の有無を争った事例である。
遺言の内容自体が被告の今後の生活保障のためであり、内容自体も難解でなく、不自然でない。
認知症診断テストの結果が低かったのも、遺言者が検査に拒否的反応を起こしていたようであり、物忘れなどの症状は出現していたものの、遺言能力を欠くほどの程度ではなかったということができる。
事例②
【前提知識】
公正証書遺言を作成:Xに2/5、Yに1/5相続させる旨
6年後、多発性脳梗塞で入院。1ヶ月後に要介護4の認定、老健に入所
同年、老健にてHDS-Rは11点、その1ヶ月後のHDS-Rは8点
同月、要介護5の認定
翌月、特別養護老人ホーム入所
翌月、公正証書遺言を作成(1度目の遺言の内容を撤回)
成年後見制度は利用していない
【背景と結論】
本件は2度目の公正証書遺言を作成し、その2ヶ月前に検査した認知症診断テストの結果が低いことを理由に、遺言者の2人が遺言能力を争った事例である。
2度目の遺言で1度目の遺言の内容を撤回しているが、その動機がお世話になった長男夫婦に世話になったからという内容を述べており、不合理までとはいい難い。
また、遺言の内容もわずか3条しかなく、補充遺言があり、若干の疑問は残るが、個別具体的な資産処理として不自然では無いと判断した。
HDS-R11点の時は、年齢や日時の見当識はあり、場所の見当識もヒントを得て正解していた。
遺言の作成の当時、確かに認知症状の進行した状態にあり、理解や判断能力も相応の障害が生じていたものと推認することができる。
しかし、特別養護老人ホーム入所当時、介護職員との会話やレクリエーションといったコミュニケーションはとれており、遺言作成後もゲームに参加したり介護職員に労いの言葉をかけるなどしていた。
よって認知症状は進行状態にあったものの、なお他者との意思疎通が十分に可能な状態にあったということができるとして、本件遺言作成当時、遺言能力に欠ける状態にあったとまでは認めがたい。
事例③
【前提知識】
アルツハイマー型認知症の診断
3年後、成年後見開始審判の申立て
翌月、HDS-Rは6点、MMSEは10点と高度認知症疑い
翌月、成年後見開始審判
翌年、公正証書遺言作成(医師2人の立会有り)
【背景と結論】
成年後見開始審判があったにも関わらず、公正証書遺言が作成したため、原告によって遺言能力が争われた事例である。
何度もHDS-RとMMSEが実施されていたようだが、『臨床的には記憶障害を認めるが、呼名失語、失行、失書など神経心理学的症状が目立つのが特徴であり、失語障害ではHDS-Rはなじまず、失語障害により文字を読めず、自語健忘が顕著であった。そのためHDS-Rで判断する著しいハンディキャップが生じ、同検査のみで本人の知能を判定するのは適当ではない。』と指摘されている。
遺言の内容も被告に不動産を相続させるものと、被告にお墓を守ってもらうという非常に平易なものであり、その動機も身近にいる被告を頼りとして、そのような遺言をすることが不自然、不合理であるといえない。
また、公正証書遺言も医師2人の立会いをもってされており、精神上の障害により事理を理解する能力を欠く状態になかったことを認め、本件遺言書に署名押印されているため、必要な遺言能力を有していたものと推認されると判断された。
事例④
【前提知識】
保佐開始審判。補佐人は弁護士
翌年、グループホーム入所
同年、HDS-R:15点
翌年、HDS-R:7点
翌年、HDS-R:7点
2ヶ月後、公正証書遺言作成
【背景と結論】
グループホームの経営会社に遺言者が一切の財産を包括遺贈し、遺言執行者の報酬が100万円であることに対し、原告らが遺言能力を争った事例である(親族や法定相続人が相続分をもらえないことに怒ったということかな)。
グループホーム入所以降、認知症であると診断されていたものの、公正証書遺言前後の介護認定調書には『認知機能』につき『意思の伝達』を含めて多くの項目について問題があることを指摘されていたわけでなく、『精神・行動障害』についてもほとんどの項目につき『ない』とされ、『社会生活への適応』についても、買い物や金銭の管理には『全介助』を要するとしても、日常の意思決定については『特別時以外可』にされていたにとどまる。
また、補佐人に対しても問いかければ言葉として返ってきて、それが意味不明なものであったということもなかったと証言しており、これらの事情によれば、一定の判断能力に基づいて意思疎通をする能力があったと言い得るところである。
遺言の内容も2条しか無く、比較的単純であり、その内容を理解することにつき高度な判断能力を要するとまでは考え難い。
HDS-Rが低いことについては、本人の警戒心等から拒否的な態度を示したことなどが起因した可能性を必ずしも否定することは出来ないとして、認知症スケールの結果を採用しなかった。
よって、本件公正証書遺言作成当時において、遺言者の認知度の程度が重度であったということはできないということになり、本件公正証書遺言は無効であるとは認められない。
【感想】
本件の事例は親族とのバックグラウンドがわからないのでなんとも言えないが、相続分を貰えなかった親族は少し可哀想な気もする。でも、遺言者からしたら、家族からひどく扱われたと思っていたかもしれないし、家族よりグループホームの方が遺言者に優しくしてくれていたかもしれない(それでも遺言者が公正証書遺言を使ってわざわざ親族以外に全ての財産を渡すわけ無いのだが、そこは今回の話とは関係がないためここでやめる)。
よくある悪徳ビジネスとして、独り身の方や認知症・障害がいの方の家族に対して心理的不安を煽って見守りサービスや財産管理契約、任意後見契約や死後事務委任契約といった割高なサービスと同時に、遺言書や誓約書で結構な金額を法定相続人でない業者や資産管理する団体などに遺贈または贈与すると書かせる悪徳商売ビジネスがある。死後事務委任契約で確実に財産を押さえるため、わざわざ生命保険に加入させたりすることもある。行政にもいろんなサービスはあるし、相談する窓口はたくさんあるので、契約して後悔するよりは、病院でいうセカンドオピニオンとして複数の人に相談することをお勧めする。
もちろん、まともに商売している人もいるので付け加えたい。
ちょっと話はかわるが、銀行や保険会社などもそうで、定期預金や生命保険を作るときは簡単に入れたり、本人でなく家族でも本人の代わりに手続きできるのに、解約するときは契約者本人でないとダメという。その際、本人が認知症などの場合は、『後見人をつけなさい』の一点張りである(これは銀行の立場からしたら本人の財産を第三者からの流出を防ぐためであるので大事なことなのだが、なんだかなぁと思ってしまう)。定期預金自体に利子等含めてメリットはほぼないので、他の投資先をさがしてみるのも良いかも知れない。生命保険に関してはだれが受取人かで話は変わるが、相続財産の圧縮が可能なので、一概に悪いとは言えない。
以上そういうことも含めて信頼できる専門家を探すとよい。
事例まとめ
少数ではあるが、認知能力が否定されなかった事例を一緒にみてみた。
HDS-RやMMSEの点数が必ずしも低いからといって、遺言の内容が否定される訳では無い。MRI検査や核医学検査などで確定診断が付いていなければ、あくまで認知症疑いでとまる可能性があるからである。医学と裁判所の判断は一致しない。また、遺言の内容が簡単(ここでいう簡単とは、文言が平易なだけでなく、その法律効果も簡単なものを含むはずである)なら、遺言能力を認められることもある。
要介護認定をうけたからといって、認知能力を否定するものではない。要介護認定はグレードもあるし、身体が動かなくても頭は冴えている人はいくらでもいる。また脳梗塞等で手足が不自由で、かつ多少の言語障害などがあっても、認知能力がないとは必ずしも言えないからだと考えられる。
締め
遺言は書けばよいものではありません。さまざまな合理性・動機や状況が絡むことがあります。
書いたけれども、遺留分に引っかかったり、生前贈与のことを考慮していなかったり、相続税のことを考えていなかったり、それこそ、本記事の様に遺言を書いたが家族や関係者から無効等確認訴訟を提訴されて、家族のことを思って書いた遺言書が、家族の溝をぱっくり割ってしまうなんてこともあり得ます。
遺言書の作成支援をしている行政書士や司法書士は全国にたくさんおられますが、人生経験や価値観などによりそれぞれ専門分野が違います。『頼まれたから、よく認知症や病気のことが分からないけど、とりあえず公正証書を作っとけば良いや』と適当に作成する人がいるのも事実です。
特に、法律の先生方はあくまで法律のプロであって、医療、介護、福祉はど素人です。背後に含むリスクやもっと良い選択肢があるかもしれないのに、健常者の時と同様に過去の経験則で依頼を受けてしまうかもしれません。
今回は認知書の程度が比較的重い事例をピックアップしましたが、逆に、認知症の程度が低くても遺言の効力が否定された事例も複数存在します。
よって、遺言書作成は、とちあえず報酬が安い人に頼んだり、家から1番近い人に頼んだりといった、専門外の人に頼むリスクもあるため(たまたまその人が安くても優秀な人ならよいのですが…)、医療、介護、福祉などにある程度理解・知識がある人を探して作成されてもよいかもしれません。
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